大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決 1982年5月28日

原告

朝倉秋男

右禁治産者につき法定代理人後見人

朝倉よ子

右訴訟代理人

嘉野幸太郎

山田裕祥

岡村親宜

若杉幸平

小林良明

被告

福井労働基準監督署長

木村雅雄

右訴訟代理人

真田幸雄

右指定代理人

加藤元人

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一<省略>

二以上の事実関係によれば、原告が被告に対し、本件休業補償給付の請求をなし、更にこれに続く審査請求及び再審査請求をなし、本訴を提起するに至つた時(この日が昭和五五年六月二六日であることは記録上明白である)を通じて原告が意思無能力者であつたことは明白であるところ、原告の法定代理人は右の請求手続及びこれに続く本訴提起を含む手続行為を追認した旨を主張するのでまずこの点について判断する。

1  右争いがない事実と、<証拠>によると次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和五一年一二月二一日午後一一時ころ、石川県加賀市山代温泉所在の山代グランドホテルの玄関付近で頭部等を負傷し、それ以来意識不明の状態が続いている。

(二)  そのため、原告の母朝倉よ子は、原告のためにする意思をもつて直接原告名義で労災保険法に基づく休業補償給付の請求、審査請求及び再審査請求をした。もつとも、右各請求に関する書類作成や提出等の具体的な手続は、原告のおじであり、当時訴外会社の代表取締役であつた訴外朝倉靖彦が朝倉よ子の意向を受けてこれを行なつた。

(三)  原告に対し禁治産宣告がなされ朝倉よ子は、昭和五五年一〇月一六日、原告の後見人に就職し、原告の法定代理人として昭和五六年八月一〇日到達の書面で審査官に対し前記審査請求を、同日到達の書面で審査会に対し前記再審査請求を、同年一二月九日到達の書面で被告に対し前記休業補償給付の請求を、それぞれ追認する旨の意思表示をした。

2  右認定事実によると、原告は、本件事故以来、意識不明の状態が続いていたのであるから、意思能力がなく、したがつて、本来禁治産宣告を経て、その後見人が法定代理人として右各請求をすべきものであつた。しかし、朝倉よ子は、原告のためにする意思をもつて、直接原告の名義で右各請求をしたものである。朝倉よ子の右の各行為は本人のためにする意思を表示したいわゆる顕名代理ではないけれども、代理人が本人の名義で法律行為をなすことは世上よく行われており、これを代理人の行為と認めても何らさしつかえないものというべきである。したがつて右同人は原告の代理人として右各請求をしたものと認めるのが相当である。しかし、本件では、右各請求当時原告に対して禁治産宣告がなされておらず、したがつて朝倉よ子は、後見人に就職していなかつたのであるから、右各請求は無権代理行為であるといわなければならない。

3  ところで、労災保険法による休業補償給付の請求、審査請求及び再審査請求は、いずれも私人の公法行為であるが、これについては無権代理行為の追認に関する明文の規定はない。しかし、私人の公法行為が前記休業補償給付の請求のように、一身専属的なものでなく、財産上の行為又はこれに類する行為である場合には、本質的に私法が適用される利益状況と異なるところはないから、民法一一六条の無権代理行為の追認に関する規定が類推適用されると解するのが相当である。そうすると、法定代理人である朝倉よ子がした追認の意思表示によつて、休業補償給付の請求は、遡及的に有効になつたといわなければならない。

次に、審査請求及び再審査請求については、それらが争訟手続である点に鑑みて民事訴訟法五四条が類推適用されると解するのが相当である。このように解することによつて無能力者の保護に欠けるところはないし、また進展した争訟手続の安定性、経済性の要請にも合致するからである。そうすると、朝倉よ子がした追認の意思表示によつて審査請求及び再審査請求のいずれもが遡及的に有効になつたといわなければならない。

4  以上の次第で、本件における労災保険法による付業補償給付の請求、審査請求及び再審査請求は、いずれも適法かつ有効であり、また朝倉よ子が昭和五六年四月二〇日に本訴提起行為を追認していることは本件記録上明白であるから、本訴提起も本訴提起のときに遡つて有効になつたものであるといわなければならない。

三被告は原告の本件事故による負傷は、業務上の災害の成立の要件である業務遂行性がない旨を主張するので次にこの点について判断する。

1 前記一の争いがない事実と、<証拠>によると、次の事実が認められ<る。>

(一)  原告は、昭和五〇年八月一日以降訴外ヨシダ道路企業株式会社から訴外会社に出向していた。訴外会社は、同年四月一日設立され、本件事故当時、役員として、代表取締役朝倉靖彦、取締役訴外山田鉄男、同訴外石間豈一、従業員として原告を含めて四名、他にアルバイト二名が就労していた。訴外会社の業務内容は、一般道路の線引が主なものであつた。

(二)  訴外会社では、職員の親睦を図るため、昭和五〇年七月一二日、一三日に越前海岸で慰安会を、同年一二月五日、六日に越前海岸で忘年会を実施し、いずれも経費は訴外会社が負担した。

(三)  前記役員らは、昭和五一年一一月ころ、前回と同様忘年会を同年一二月中に実施することを計画し、取締役山田鉄男及び同石間豈一がその具体的な計画案を作成した。この忘年会の意図は、仕事の伝達や打合せをすることではなく、飲酒、食事をして従業員の労をねぎらい、また従業員間の親睦を深めることにあつた。そのため、訴外会社は、その経費を全額負担することとし、他方従業員に対してこの忘年会に参加すべき旨の業務命令を出すようなことはなかつた。しかし、前記役員らは、参加者が少ないと親睦の意味が薄らぐと考えたので、従業員に対し、特に都合の悪い場合は格別、できるだけ参加するようにと勧め、参加者を当日出勤扱いにする旨を伝えた。

(四)  訴外会社は、昭和五一年一二月二一日から翌二二日にかけて右計画に従い、山代グランドホテルで忘年会を実施し、女子従業員を除く従業員及び役員全員が参加した。宴会は、同月二一日午後七時から始められた。代表取締役朝倉靖彦は、宴会を始めるに当つて「皆さんご苦労です。仲良くやつて下さい。」と挨拶を述べ、取締役山田鉄男及び同石間豈一がこれに続いて同趣旨のことを述べた。しかし、右役員らは、仕事の伝達や打合せをしたりはしなかつた。その後、参加者各自は、飲酒、食事をして歓談したり、歌を唄つたりして同日午後九時ころ宴会は終了し、その後は各自の自由時間になつた。

(五)  訴外会社は、この忘年会に参加した者に対し、旅費、時間外手当を支給しなかつた。

2  以上の認定事実によると、訴外会社が経費の全額を負担して右忘年会を実施した意図は、従業員の慰安と親睦のためであつて、現に実施中も役員らが仕事の伝達や打合せをしたこともなかつたのであるから、右忘年会は、会社一般に通常行なわれている忘年会と何ら変わりがないといわなければならない。

原告は、右忘年会の主目的が愛社意識とチームワークを形成することにあつた旨、或いは原告が右忘年会でリーダーとしての役割を果たすよう業務命令を受けていた旨を主張しているがいずれも前記認定に照して採用することはできない。

3  右によれば原告の右忘年会への参加は、労働者が使用者の指揮命令にもとづく支配下における勤務であつたとはいいがたく、また労働者の本来の職務及びこれと密接な関係を有する行為でもないというべきである。

そうすると、原告が右忘年会に参加したことについて業務遂行性は認められないというべく、原告が右忘年会の終了後本件事故によつて負傷したことをもつて業務上の災害であるということはできないからこの判断のもとに原告に対する休業補償給付を不支給とした本件処分は適法である。<以下、省略>

(高橋爽一郎 朴木俊彦 小佐田潔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例